「ぐるりのこと」とは

2013年9月1日

MEMO



ぐるり、という言い方自体は実は関西のある地域ではごく普通に使われている言葉である。普段、人が何気なしに使っている言葉の一つに注目し(私も実際ある人が使うのを聞いて閃きを得たわけだが)、光を当て、特別な意味を付加していくことが、創作者としての独自性だと思っていた。特にこの言葉は、一地方でこそよく聞くが、全国的には耳新しいものと思えた。そういう、懐かしみがありながら新鮮な語感を基調に据えて、自分の身の回りのことから、ひたひたとよせてくる世界のことを見つめて書こうと決めたタイトルだった。まずタイトルがあり、そこから伸びてきた手足のようなエッセイだった。
「ぐるりのこと」新潮社


 2008年に映画「ぐるりのこと。」(橋口亮輔監督)が公開されました。語尾に「。」が付いてますが、同名タイトルなので原作は梨木さんではないかと間違えやすいネーミングでした。実際、懸念された通り事情を知らない人たちに誤解を招きました。映画というメディアの力は大きく、ネットで検索すると一目瞭然で映画の方が目立ちます。

 問題が明らかになったのは、「考える人」2008年夏号(新潮社)に連載されたエッセイ『渡りの足跡』と「ダ・ヴィンチ」2008年7月号(メディアファクトリー)のインタビュー記事からでした。ここでは詳細を記されている『渡りの足跡』を元に検証します。『渡りの足跡』は書籍化されていますが、該当部分(渡りの先の大地2)は未収録になっています。おそらく、その後の冷静な判断が働いたと思われます。当時の梨木さんの心情はかなり不安定だったようで、文面からはショックと憤りが伺えます。あまり見たことのない感情的な文章を読み返すと胸が痛くなります。法的な問題にはなりませんが、映画関係者の対応は、受け答えが二転三転していて極めて酷いと言わざるを得ません。


🔽2006年11月
映画制作会社から出版社に「制作が進行している映画が、貴社から出ているエッセイ集と同じタイトルになったのだがどうでしょう」と連絡が来る。映画会社の意図は不明。タイトルの著作権は主張できない。梨木さんは「不愉快です」とだけ出版社を通じて返答する。

🔽2007年12月
映画は原作の誤解を与える恐れがあるのでタイトルを変更できないか、出版社は打診したが、タイトルは変えられない、これは監督が自分でつけたタイトルであると言われる。

🔽2008年4月
映画監督がある公の場でタイトルについての質問を受けて、「雑誌をめくっていたらこのタイトルが目につき、それからとった。著者の了承は得てある」という内容を発言したことが伝わる。梨木さんは了承した覚えがなく、監督に会ったことも話したこともない。出版社は事実と違うと抗議する。返答が来て、監督はスタッフから「著者の許可は得た」という報告を受けていたという。

映画は最初違うタイトルだったらしい。

それから5年後…
🔽2013年8月29日
橋口氏のインタビューが発表されました。

🔗シアター芸術概論綱要 Vol.03“映画監督 橋口亮輔” Produced by theatre tokyo

 橋口氏はこの中で当時の事情に言及し、全ての責任はプロデューサーにあったと釈明しました。しかし、自らの責任を感じているかどうかは疑問です。梨木さんへの謝罪があったのかどうかも不明です。

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